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患者さん

令和6年能登半島地震の活動記録

        • 神奈川県によるDMAT派遣計画に基づき、第1次隊から第6次隊までが編成された。発災当初は、被災県に近い地域のDMATが被災地へ向かったが、対応の長期化に伴い、順次全国のDMATに対し派遣要請が発出された。

          多摩病院は第6次隊グループとして能登中部保健医療福祉調整本部で、127(土)から30日(火)の4日間活動しました。

          活動内容としては、能登中部保健医療福祉調整本部内の搬送班に配属され、27日から29日まで、福祉医療施設のスクリーニングと診察等、30日はJRAT(日本災害リハビリテーションチーム)と共に避難所のスクリーニングと診察等を実施。

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      • 七尾市内から志賀町の各施設を訪問したが、地震の影響で道路が荒れていた。応急的にアスファルトで埋められた場所が幾つもあり、運転にすごく気を使った。また、マップ上は通れる道でも、家屋が倒壊し、通れない道もあった。活動期間中は通水しておらず、手を洗うにしても、トイレを使用するにしても、給水車や備蓄の水等を使用するなどしており、上下水のありがたみを実感しました。

        被災者の方たちは暗い顔はあまりしておらず、助け合いながら避難生活を送っており、都会にはない温かさを感じた。我々DMATでできることにも制限があり、持っている物資も多くは無い。力になりたいが、どうにもできないこともあり、もどかしさを感じることもあった。長期化する避難生活で、被災者だけでなく支援者も、心身共に疲労がたまってきていた。一刻も早く復興し、通常生活に戻れることを祈りつつ、我々は何ができるかを考えていきたい。